あの頃イナゴおじさんと
小学生の頃こんな人がいた
通称
イナゴおじさん
小学生のころ下校ルートである田んぼのあぜ道に
秋になるといつも網を持っているおじさんがいたのだが
最初、ただの虫取りをしているおじさんかと思いいつも横目で見ていた。
ある時友人の一人が
「イナゴ捕まえるべ!」
と言い出したのを皮切りに毎日のようにイナゴ狩りを始めたのだが
小学生とは残酷なもので捕まえたイナゴを地面に叩きつけたり足をもいだりしていた。
そんなイナゴ狩りの最中、いつも網を持っているおじさんに
「なぁイナゴで遊ぶんだったら売ってくれ」
これがイナゴおじさんとの初めてのコンタクトであった。
イナゴおじさんが言うには。
イナゴを佃煮にしてそれを食べるのが好きらしく、我々が取ったイナゴ50匹につき500円で買うというのだ。
ただ、下校中にイナゴを捕まえるだけで500円貰えるというのだから、田舎の小学生達の目は光輝いた。
すぐに商談成立である。
次の日からイナゴ取りに勤しんだのだが
どこから情報が漏れたのか一時イナゴ狩りをする小学生が他学年合わせ30人程にも膨れ上がった。
そして、ある者は狩猟ギルドを結成し、ある者は人のイナゴを盗むという行為に出た。
全員が全員500円貰えればいいのだが、ある日を境に先着3名という謎の号令がおじさんの口から言い渡された。
これには田舎の小学生たちも激怒し、おじさんの家に抗議をしに乗り込む者や郵便受けにイタズラをする者が後を絶たなかった。
もしかしたらこれが歴史の授業で学んだ一揆というやつなのかもしれない。
ほどなくして田んぼからはおじさんの姿は消え、小学生たちものイナゴを狩ることは無くなった。
あのおじさんはいま何をしているのだろうか。
ご健在なのだろうか。
僕は佃煮を食べるたびに彼を思い出す。
まぁ抗議しに行ったの僕なんだけどね。
イナゴ界の大塩平八郎とは僕の事。