バグ
コンピューターの世界にはバグというものがある。
これはプログラム製作者が作業を誤って出来た、いわゆるミスだ。
ミスとはいえどもコンピューターゲームの中ではこのバグのおかげで、強い武器を獲得できたりプレイヤーレベルを上限以上まで増やし良い思いをするものもいる。
このバグ、見つからなければバグでは無いのだ。
だが、このバグを探し修正する職業がある。
デバッガーという職業だ。
デバッガーはプログラムにおけるミス。すなわちバグを見つけ正しいプログラムへと変更する仕事である。
修正する職業はデバッガーだけではない。
例えばだが、彼。彼は本の校閲をしている。
校閲とは誤字脱字を修正するいわゆる文章のデバッガーだ。
「最初の文章と後の文章が矛盾しているじゃないか。やり直せ。」
癇癪を起し怒鳴り散らす彼のデスクの上には本が乱雑に置かれている。その中には人気俳優が表紙で初ヌードを披露した女性誌も置かれていた。
「女性はこのヌード写真のなにがいいんですかね。」
ボサボサの髪をかき上げながら無精髭の男がデスクの仕切りから顔を覗かせ訪ねた。
「知らねえよ。所詮男の裸も見た事のない売れ残り女がわめいているだけだろ。」
「そんなもんなんですかね。まぁ僕たちには関係のない事ですもんね。」
無精髭の男が女性誌を横目に見ながら言った。
「そんなことよりこの花粉症どうにかならねえもんかな。こんだけ社員がいて花粉症持ちが俺だけって。誰ともこの苦しみを分かち合えねえじゃねえか。」
男が引き出しからティッシュ箱を取り出し封を切りながら無精髭の男に訪ねた。
「僕に言われても医者じゃないから知りませんよ。それに分かち合いたくないですし。でも、花粉症って人間のバグみたいなものですよね。」
「バグ?」
鼻にでも詰めるのだろうか。ティッシュを円柱型にしながら無精髭の男を見上げた。
「そうです。バグです。だって花粉症って必要の無い物じゃないですか。きっと神様がプログラミングミスして出来た人間のバグですよ。」
無精髭の男の言う事に一理あるなと言わんばかりに頷いた。
「俺たちが本の校閲しているみたいにどの世界にも修正しなきゃいけないものがあるってことか。それに本当にバグならデバッガーに消してほしいよ。」
「なら消しちゃいます?」
「ん?いい医者でも知ってるのか?」
「いいえ。デバッガーを知ってるんですよ。」
「デバッガーって。俺はプログラムじゃないんだからさ。」
男は笑いながら答えたが無精髭の男は口角すら上げずこう真面目に答えた。
「神様に仕える世界に一人だけの地球のデバッガー。」
「俺をからかってるのか?」
男はむっとした顔で無精髭の男を見上げた。
「いいえ。本当ですって。この世界のバグを消してるって彼が言ってましたもん。ちなみに先週の木曜日に隣駅の銀行で立てこもり事件あったのわかりますか?」
「そんなのあったか?」
「あったと言えばあった。なかったと言えばなかった。その犯人デバッグされたらしいんですよ。」
「どういう意味だよ。」
無精髭の男は周りを見渡しながらこう答えた。
「デバッグされた人や物はこの世界から無かったことにされるんです。もしかしたらこの社内にも僕たちが覚えていないだけで働いていた人が他にもいるかも知れないとか考えたらゾッとしませんか?」
「そんなわけないだろ。バカ言ってないで真面目に仕事しろ。」
「でも、本当にバグに困っていた時はここに連絡してみてくださいね。お金など取らない人なので。」
そう言い残し、何かの切れ端だろうか。四隅が破れ電話番号が書いてある紙を男のデスクに置き、仕切りから顔を下げた。
男はフードを被った男とネオンサインがカウンターで淡く光るバーで対面に座っていた。
「1度は後輩の言う事がバカバカしくて怒鳴りましたが、なにぶん花粉症が酷く藁にも縋る一心でお電話した所存です。」
「で、私にバグをデバッグしてほしいと。」
「はい。本当に酷いバグでしてね。毎日苦しくて苦しくて。」
フードを被った男がジンジャーエールを一口飲みこう言った。
「ちょうど良かった。あなたから連絡を来るのを待っていたんですよ。」
「後輩に聞いたという事ですか?」
「ええ。この世には存在してはいけないバグがあると。」
「本当にその通りです。困ったものですよ。」
「では、デバッグします。いいですか?」
「お願い致します。」
バーにフードを被った男と無精髭の男が対面に座っている。
「あなたの職場の花粉症持ちの先輩を綺麗にデバッグしておきました。」
無精髭の男はビールを一口飲み、こう言った。
「職場の花粉症持ちの先輩?うちの会社には花粉症持ちはいませんよ?」